東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1763号 判決 1958年9月02日
原告 吉田栄吉
被告 国
訴訟代理人 関根達夫 外三名
主文
被告は原告に対し金九千三十六万円と、これに対する昭和二十一年七月一日以降完済までの年五分の金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
(一) 原告は昭和十三年十一月頃より中支那漢口市において、吉田洋行という商号の下に民船百三十五隻を所有し、訴外日棉実業株式会社代理店として棉花雑穀等の蒐集販売に従事していたものであるところ、
(二) 戦時中在漢口船舶所有者の集団である呂武経理部輸送振興隊の一員として昭和二十年七月五日右振興隊と支那派遣第六方面軍との間に結ばれた傭船契約により敵飛行機の爆撃により船舶に損傷を受けながらも米穀等軍需食糧の緊急輸送に従事したが、前示振興隊は終戦と共に解隊された。
(三) しかし終戦後、軍の協力要請に応じ原告は昭和二十年八月十六日当時上叙第六方面軍の陸軍会計事務規定による契約担当官であつた経理部長陸軍主計少将佐藤甲子寿との間に、原告所有の船舶中、敵飛行機の爆撃等を受けて損傷していたものの修理費は軍において負担すること、相当額の傭船料を傭船終了と共に軍において中央儲備銀行券を以て支払うという約旨の下に軍の傭船に応ずることを約定した。
(四) そこで原告は右約定に基きその所有民船百三十五隻を使用して、第六方面軍隷下の独立混成第八十四旅団に属して昭和二十年十一月三十日まで、兵員、米穀等の輸送に従事したが、
(五) 輸送業務終了と同時に、第六方面軍に昭和二十年八月十六日以降同年十一月三十日までの傭船料並に船舶修理費を請求したところ、軍は傭船料四億五千九百八十万元、船舶修理費四千二百二十万元の支払債務のあることを確認したが、当時軍は一切の財産を中国側に接収されていたため、その支払をすることができなかつたので、
(六) 昭和二十一年二月頃前示経理部長佐藤甲子寿は原告に対し右支払は帰国後日本で邦貨を以て支払う旨を約した。
(七) そこで原告は日本へ帰国後昭和二十一年六月中政府に対し右債務の支払を求めた。
(八) ところで被告の右債務は在外公館借入金に該当しないのは勿論原告の在外資産にも該当しないもので、被告の通常の債務として政府の支払担当機関より原告へ支払わるべきものである。
(九) さて、被告の右債務の邦貨への換算率は、昭和十八年大蔵省令第十三号特定ノ地域ニ関スル支出官事務、歳入徴収官事務、出納官吏事務及日本銀行国庫金取扱ニ関スル特別規定」第二条第二項、第九条、第十六条、並びに昭和十八年三月三十一日附大蔵大臣達蔵計第二七〇号「前示規定ニ依ル特定ノ地域並ニ換算率制定ノ件」の規定によるべきもので、上叙の各規定によれば原告の被告に対して有する傭船料及び船舶修理費合計五億二百万元の債権は邦価に換算すれば金九千三十六万円である。
(一〇) よつて原告は被告に対し右金九千三十六万円とこれに対する(七)の支払請求後の昭和二十一年七月一日以降完済までの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求めるものである。
と述べ、
被告指定代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め原告主張事実中
(一) は不知
(二) については傭船契約は第六方面軍と各船舶所有者との間に個別的に結ばれたもので、原告も、第六方面軍との間に単独で傭船契約締結を応諾したものである。右契約に基き原告がその主張の軍需食糧等の輸送に従事したことその間原告所有船舶に損傷のあつたことは認めるがその余の点は争う。
(三) のうち昭和二十年八日十六日当時佐藤甲子寿が原告主張の地位、職務にあつたことは認めるがその余は否認する。
(四) のうち、終戦後原告がその主張の輸送に従事したことは認めるが、右は(二)について被告が述べた当初の傭船契約に基くものである。
(五) のうち、傭船料並に船舶修理費が合計五億二百万元であり、軍がこれを承認したことは認める。
(六) は否認する。従つて当時の法定換算率による邦貨に換算して支払うべき債務はない。
(七) は認める。
(八) については、原告主張の債権がその主張の事実関係に基くものとすれば在外公館借入金にも原告の在外資産にも該当しないものであることは、その主張の通りである。
(九) の換算率に関する原告の主張はこれを争う。換算率については旧外国為替管理法(昭和十六年四月十二日法律第八十三号)第四条、同法施行規則(昭和十六年四月十二日大蔵省令第十号)第八十八条に基いて定められた昭和二十年八月十三日附蔵外管第七七〇二号外資局長通牒「日支間資金交流実施細目」に準拠すべきもので、右通牒によれば中央儲備銀行券七千百元を以て邦貨十八円に換算することとなるので、原告主張の五億二百万元は邦貨の百二十七万二千六百七十二円となるものである。尤も前示法令並びに通牒は直接には日本国内から海外占領地へ、又は海外占領地から日本国内への送金についての規定であるが、前示通牒当時、占領地の通貨を国内に持ち帰ることは許されなかつたし、占領地の通貨を日本円と交換するには送金の方法によるの外はなかつたので、送金の場合における調整によつて、占領地と国内との通貨の現実の換算率を調整することができたのであるが、当時日本軍が占領地域において使用する資金は、その地域の発券機関が発行する通貨によつて賄われており、その調達は軍事費予算の範囲内で日本側金融機関を通じて借入れられていたものであるところ、中支那方面における物価の騰貴は甚だしく、占領地域と日本国内との物価の差は極めて大きなものとなつたため、原告主張の法令による換算率(中央儲備銀行券百元が日本円十八円である)を維持することは無理となつたが、占領政策の円満な遂行を図るためには右換算率の変更は避けねばならず、さりとて従来の換算率を維持するときは、占領地にある日本軍の使用する軍費はたちまち軍事費予算を超過することとなり、占領地のインフレーションが内地に波及し財政上由々しき事態を招く危険があつたので、政府はその対策として、形式的には従来の換算率を維持しながら、現実には中央儲備銀行券を日本円に交換する場合は換算率による銀行券の外、一定率の調整金を納付させることとし、他方日本円を中央儲備銀行券に交換する場合は、換算率相当の銀行券の外、日本円に換算の場合に納付させるのと同率の調整金を交付することとし、被告主張の前示通牒により実施したのである。従つて右通牒による調整金の制度は当時一般に実行換算率と呼び慣らされていたもので、これにより実質上従来の換算率を変更したものであり、送金による交換の場合だけでなく、本件の如く占領地において発生した債務を国内で支払う場合にも適用があるものと解すべきである。さもないと、右通牒の趣旨が没却されるばかりでなく送金による交換の場合に比し著しく権衡を失し甚だしく不合理な結果を生ずるものである。
と述べた。
立証<省略>
理由
原告主張の(二)のうち原告が中支那派遣第六方面軍との間の傭船契約により、その所有船舶により原告主張の輸送業務に従事し、その間、原告所有船舶に損傷を受けたもののあつたこと、(三)のうち昭和二十年八月十五日当時佐藤甲子寿が原告主張の地位、職務にあつたこと、(四)のうち終戦後原告がその主張の輸送に従事したこと、並びに(五)のうち傭船料並に船舶修理費の合計が五億二百万元で、軍がこれを承認したことはすべて被告の認めるところであり、以上の各事実とその原本の存在並に成立について争いのない乙第二号証、証人佐藤甲子寿の証言、及び原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は昭和十三年十一月頃より中支那漢口市に在住し綿花雑穀の販売に従事する外、船舶による輸送業を兼営し、昭和二十年当時は百三十五隻、その総トン数一万トン余の船舶を使用してその運営に従事していたものであるが、昭和十八年九月頃より中支那派遣第六方面軍はその所在地域の各民船所有者との間に傭船契約を結び、その傭船の船団を呂武経理部輸送振興隊と命名し、第六方面軍経理部長陸軍主計少将佐藤甲子寿の指揮下に漢口を中心として岳州、南昌方面の船舶による物資の輸送業務に従事させ、原告も右振興隊に所属して軍に協力していたが昭和二十七年七月五日頃に至り九江、南昌間の輸送に危険が増大した為め、船舶所有者はその間の輸送を引受けないようになつたが、原告は第六方面軍の要請によりその輸送に従事することを応諾し、原告はその所有する大型船十一隻二個船団を組織して輸送に当り、その輸送中バン陽湖上において敵飛行機の爆撃を受け三隻は使用不能となる程度の損傷を、又八隻に大小の損傷を受け、原告はその損傷を修理して輸送に従事するうち、昭和二十年八月十五日終戦となつたこと、その終戦までの傭船料は当初は航行浬数により算出するものであつたが、空襲の激化に伴い、航行が難渋となつたため、終戦当時は一日一トン当りの基準料を定めて算出する方式が採られていたこと、終戦と同時に呂武経理部輸送振興隊は解隊され、軍と原告との間の傭船契約は一応終了し、終戦までの傭船料は終戦後一カ月位までの間に原告において支払を受けたが、原告が爆撃を受けて損傷した所有船舶の修理費は、原告よりの申出が遅れたため、後日支払うことに処理されたこと、終戦後第六方面軍は中国軍より、中国軍の接収するまで、糧秣等の補給は自力で処置すべき旨の指示を受けたので終戦直後の八月十六日頃、原告との間に南昌方面における船舶による輸送を要請し、改めて同軍経理部長佐藤甲子寿と原告との間に傭船料は終戦時と同率、傭船期間は軍の必要とする期間とし、且つ終戦前に原告所有船舶の爆撃ににより受けた損傷の修理費はその全額を軍において支払うべき旨の傭船契約が結ばれたが、当時第六方面軍の第十一軍が南昌に集中を命ぜられていたので、原告は昭和二十年九月一日頃より百三十五隻の船を使用して右集中に要する米穀の輸送に従事し同年十一月三十日頃その業務を終了したこと、右終了後原告は第六方面軍に対し傭船料並びに船舶修理費の支払を求めたところ、第六方面軍においては、経理部長よりの報告に基き、高級部員会議(司令部内の事務的事項を処理するについて、法務部、経理部、参謀部といつた関係各部の高級部員による会議である)の審議を経た上、司令官の決裁により昭和二十年十二月末傭船料四億五千九百七十五万元、船舶修理費四千二百二十五万元合計五億二百万元(中央儲備銀行券によるものである)の支払債務あることを承認したものであることが認められる。尤も前示乙第二号証によれば、右五億二百万元のうち傭船料も終戦前のものに属するが如き記載があるけれども、証人佐藤甲子寿の証言によるも、右傭船料が終戦後のものであることを認めるに十分であり、他に以上の認定に反する証拠はない。
ところで被告は右説示の傭船料並に修理費が合計五億二百万元であることを認める一方、他方において原告主張の(六)を否認し、当時の法定換算率で邦貨で支払う義務がない(被告の主張の真意は民法第四百二条等を考慮すれば、当時の法定換算率によるべきでないということで、邦貨支払を強ち拒む趣旨とも考へられないが、それは兎もあれ)と主張するので、この点についてしらべてみると、成立に争いのない甲第一号証、甲第八号証の一、二、証人佐藤甲子寿の証言並に原告本人訊問の結果を総合すれば、第六方面軍はすでに述べた通り原告に対する五億二百万元の債務を承認し、その支払額を確定したけれども、その数額が巨額であつたのと、軍資産に対する中国軍の接収が予想外に速かに行われた等の事情からして、原告に対する右五億二百万元の支払をすることができなかつたので、経理部長佐藤甲子寿は原告に対し日本内地へ帰還の上邦貨を以て支払うべきことを約し、昭和二十一年五月十三日右債務未払証明書を与へ)この証明書はその後原告が日本に引揚げた後、政府より支払を求めることにつき相談をした訴外田中修平というものに預けて置いたところ、同人が急死し、右証明書の所在が不明となつた)たが、当時第六方面軍の所在地方においては、中央儲備銀行券百元につき日本円十八円の換算率であることは取引上一般に知られ、常識となつていたので、右証明書に邦貨への換算率を書くことに気がつかずに交付したことを認めることができる。
右認定により被告は軍が原告に約した当時の五億二百万元に相当する邦貨の支払をなすべき義務があることは明である。
そこで、当時の中央儲備銀行券五億二千万元の邦貨への換算率について判断する。
すでに認定したところにより第六方面軍経理部長が原告に対し五億二百万元を邦貨で支払うことを約したのは昭和二十一年五月頃と推定され、又原告主張の(七)は被告の認めるところであるから、その何れの時期を標準としても昭和二十一年五、六月当時の法定換算率により邦貨の該当額を算定すべきものであるが、当時中支那を含む特定地域に在る陸軍の官衙における資金前渡官吏が本邦に在る債権者に対し支払をなすべき場合については昭和十八年大蔵省令第十三号「特定ノ地域ニ関スル支出官事務、歳入徴収官事務、出納官吏事務及日本銀行国庫金取扱ニ関スル特別規程」第九条の場合に適用される換算率によるものと解するのを相当とする。ところで右省令においてはその換算率についての規定はないが、同省令に関する昭和十八年三月三十一日附大蔵大臣達蔵計第二七〇号「特定ノ地域ニ関スル支出官事務、歳入徴収官事務、出納官吏事務及日本銀行国庫金取扱ニ関スル特別規程ニ依ル特定ノ地域並ニ換算率制定ノ件」によれば上叙換算率は中央儲備銀行券百元につき日本円十八円と定められていたことが明であるから本件の五億二百万元は右換算率により邦貨九千三十六万円と算定されるのである。
被告は本件の場合において適用さるべき換算率については昭和十六年四月十二日法律第八十三号外国為替管理法第四条、同法施行規則(同日大蔵省令第十号)第八十八条に基いてなされた昭和二十年八月十三日附蔵外管第七七〇二号外資局長通牒に準拠すべきもので同通牒によれば、結局中央儲備銀行券七千百元を以て邦貨十八円を取得できるもので、実質上、前示大蔵大臣達蔵計第二七〇号による換算率を変更したものである旨主張するが、右通牒は日本国政府及支那政府(当時の日本軍占領下の政府)の公金に関しては適用を除外している(日支間資金交流実施細目と題する右通牒の第一の第四項)ばかりでなく、同通牒第一の第一項による調整金はその第三項において生活維持又は事業維持等の必要上の送金等について政府の認定による納付の免除その他の操作を認めており、結局右通牒の趣旨とするところは、大蔵大臣達による換算率を一率に実質上変更することを目的としたものではなく、同通牒第一の第五、第六項の封鎖予金制と相侯つて、特定地域の海外民間資金の本邦内への無制限流入の調節を図り、国内通貨量の過度の増大を防止するにあつたものと解されるので、本件の場合の如く、被告国が特定地域において負担した債務を国の都合により本邦において、邦貨を以て支払うことを約した場合にはその適用がないものと云わざるを得ない。尤も右の如く解するときは、原告が任意に本邦へ送金した場合に比し被告の云うような不均衡を生ずることは、その通りであるが、通牒自体においても、送金の場合に、政府の裁量により納付調整金の免除その他の操作をなし得ることを予定している以上、本件の場合前示不均衡が起るからといつて、通牒による調整金を納付すべきものと論断すべき理由とはならない。
してみれば被告に対し傭船料並びに船舶修理費合計五億二百万元の換算金九千三十六万円とこれに対する(七)の請求後の昭和二十一年七月一日以降完済までの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当である。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、仮執行の宣言はその必要を認めないので、その申立をここに棄却して主文の通り判決する。
(裁判官 毛利野富治郎 小河八十次 大内淑子)